2015年9月26日土曜日

高島トレイルー駒ケ岳〜百里ヶ岳

高島トレイルを少しだけ歩いた。

高島トレイルは琵琶湖の西側にある高島市から京都へ抜ける尾根伝いの山道で、中央分水嶺となっている山脈でもある。
今回は山に入っていられるのが3日間だけなので、80キロほどあるトレイルを全部歩くことはできないから興味を引いたブナの原生林が多いエリアである駒ケ岳・百里ヶ岳を歩くことにした。
それからネットで調べていて、偶然写真で見つけた美しい森があった。京都大学の研究林である芦生原生林だ。そのエリアは高島トレイルを外れるが歩いてみたくなったので百里ヶ岳から天狗岳を経由して研究林を通り下山するルートを立てた。

夜行バスで京都に朝到着し、それから電車とバスをいくつか乗り継いで駒ケ岳の登山口である木地山に着いた頃には13時をまわっていた。乗り継ぎの時刻は全部調べてきたので予定通りだ。
登山口は畑になっていて、しかも獣除けの網が張ってあり分かりづらかった。
最後に乗り継いだ市営バスの乗客はわたし一人だけで、気のいい運転手のおじさんと行きすがら会話をした中で登山口の分かりづらさについても教えてもらっていたので迷わなかったが、その情報がなければ明らかに戸惑っただろう。

山に入ってからすぐに沢で水を汲んだ。地図を見ると最初の沢からテン泊予定地まで水場がなさそうなのだ。(しかし進んでみると尾根に登る手前までずっと沢沿いの道だったので後で後悔することに。。)
今回のために買った携帯浄水器が早速活かされると思うとちょっとわくわくした。
手に入れた浄水器はSAWYERというものでコンパクトだし山で使っている水汲みボトルやペットボトルの口にも接続可能なので流用性があって便利だと思う。
これで沢水を飲んでいいのか少し心配になるほどちゃっちい見た目だけど有害なバクテリアなどは全部フィルターでカットしてくれるという説明がちゃんと書かれていたので信用してがぶがぶ飲んじゃうことにした。

このへんの山はあまり登山者がいないのか或いは自然保護の意識が高いのか、日本アルプスのような過剰な道標はない。しかも全体的に低い山なので地形を目で確認するのは難しく、広葉樹の広がる木々が茂った山なので迷い易い。コンパスと地図、或いはGPSが必須だ。


わたしは尾根に上がるまでのあいだ、さっそく道を間違えて登山道からズレてしまい、踏み跡のないズルズルの傾斜を足で少しずつ削ってちょっとずつ登ってはGPSで方向を確認しながら進むという余計に体力と神経を使うことをしてしまった。
しかし尾根に上がってしまえば必然的にルートに合流することになるので心配することはなかった。しかも尾根道は遮るものもないのでわかり易い。もう変な迷い方をすることはないだろう。
少し汗をかいた体に尾根特有の強い風が当たり心地よく感じる。

さっそくブナ林が現れた


尾根道は上がるまでの山道に比べれば急勾配の坂はあまりないので余裕ができ、まわりの景色を観察できるので楽しく歩ける。
キツイ山道をはぁはぁ言いながら登っているあいだはいつも景色なんか見ている余裕はないのでストイックな行為に感じてしまう。だから朗らかな気持ちで歩きたい時はできるだけ登るばっかりの山は避けたいのだ。(←軟弱?笑)
疲れなければ多くの発見がある。標高の高い山の景色はそりゃあ素晴らしいものだけれども。
疲れずに歩きたいということもあるが最近は広葉樹の深いシンとした、美しい森に魅力を感じるのでそういうところを歩こうという心境になる。


美しいブナの森というのはきれいな沢が流れていてたくさんの植物や動物の住処でもある。目で楽しむことができるし、生き物の気配も感じる。
そして勿論クマだっている。
このエリアは自然が深いだけクマもたくさん棲息していると聞いていたのでちょっとどきどきしていた。クマの爪痕が残された木も所々に点在しているので確実にクマがいることがうかがえる。身の危険に晒されない距離でだったら見てみたくもないが鉢合わせたくはない。(っていうか鉢合わせたら死ぬ。苦笑 まずないとは思うけど)
なので今回は一人山歩きということもあり、できるだけリスクを回避するためにもクマ鈴を手に入れてつけて歩いてみた。
あんまり大きいのはなんだか恥ずかしいので控えめに中くらいのにしてみたら山の中では思ったよりも響かず頼りない感じがする。でもないよりマシだ。

おそらくクマの爪痕。時間が経ったものなのか、削られた部分が赤く変色している。
途中で後ろからゴロンゴロンと低い鈴の音がした。驚いて振り返るとトレラン風の格好のお兄さんが見えた。この山に入って初めて会った人だ。
少し話してから爽やかにわたしを抜いていった。
ザックに付けた大振りのカウベルはお兄さんの姿が見えなくなっても響いていた。完全にわたしの鈴の音はかき消されてしまっていたのでそのサイズにすればよかったのかと後悔しながら音を見送った。
後からふと思ったが、ザックの容量はわたしと同じくらいで歩くテンポと雰囲気からして、もしかしたら高島トレイルを全踏破しようとしているんじゃないかと思われるような感じ。勝手にそう思い込み、ちょっと尊敬した。

駒ケ岳を過ぎて、1日目の目標は木地山峠辺りまで歩くことだった。タイムリミッドは暗くなる頃の18時まで、或いは疲れて歩きたくなくなるまでとした。
木地山峠までの道は地図に迷い易いと記されていて、記載通りに何度か道を間違えた。
その付近はシダ類の植物が腰の辺りまで茂り、尾根の形がわかりづらくなっているのだ。
それで尾根だと思って進んでいくと変に下っていくような、あれ、おかしいなという雰囲気になり、GPSで確認してみると違う尾根を下ってしまっているということが発覚し、また登り返して軌道修正するということを何度かやった。
そんなことで時間をくってしまったので木地山峠には届かないかなと思っていたら案外予定よりも早く着くことができた。
その付近はテン泊適地との情報があったのでその辺りで張ることを想定していた。腐葉土の開けた平な地面が多かったのでやはりバッチリ適地であった。
時間的には17時過ぎと予定より少し早いが先に伸びる尾根道を見ると地面の面積は狭まるようだ。地図を見てもそれが分かるので地形的にはここで張ることがベストに思える。
しかしひとつ不安なのが付近にクマの爪痕が残されている木が多くあることだ。しかもまだ新しいように見えるのでこの付近にいる可能性がある。
歩みを進めてテントが張れない場所で暗くなることと天秤にかけてみたがちゃんとした地面で張れることを優先することにした。
何よりも体が思った以上に疲れていて休みたいと言っている。
クマに鉢合わせたらそれも運命、わたしの運が悪かったと思うことにしようと自分に言い聞かせた。
それでもできるだけ爪痕のある木から距離を置いた場所にテントを張った。
食事もテント内ではとらずにテントから少し離れた場所で調理して食べた。
でも本来は100メートル以上離れた場所じゃないと意味がないらしいので気休めにしかならないが。。
クマの活動時間は夕方と朝方だと聞いたことがあるので外で調理をするあいだもクマに自分の所在を知らせるかのように大声で歌ったり大げさに音を鳴らしたりして過ごしていた。 誰も居ない山だからこそ誰の迷惑にもならないが生き物にとってはいい迷惑だっただろう。笑

テントに入ってからの夜は長く、ローソクを灯し、ワインを飲みながら本を読んで過ごした。
ワインのおかげでウトウトしてきたので時間も丁度いい、よし寝よう、と思って寝袋にすっぽり入って寝に入る。そうすると、外の音が異様によく聞こえ、風の音が生き物のざわめきのように聞こえるのだ。外の世界が見えないので風で木々が擦れる音なのか、本当に生き物が動き回り、近くにいるのかは分からない。ただ、分からないからこそ音の正体が気になり出し、想像が掻き立てられ不安が募ってくる。そして眠れなくなるのだ。
そういう時は自己暗示をかけて不安をなくし、あとは何も考えないようにする。
それはなかなか難しいことなのだが、気づいたら何度か浅く眠った感覚はあった。

近くで獣の鳴き声がした。仔鹿なのか仔熊なのか、わたしには母親とはぐれた子どもの鳴き声に聞こえた。仔熊だったらと思うと怖くなり身を潜めたが、その甲高い鳴き声がいつまでも止まないのでなんだか可哀想になり恐怖も薄れていった。そしていつの間にか眠っていたようだ。次に眠りが途切れたときには鳴き声も止んでいて、体を横にしているのもそろそろ辛くなってきた。
時計を見たら3時過ぎを回っていたのでもう起きてしまうことにした。

テントの隙間から外を覗くとまだ真っ暗だった。
夜の森を直視すると不思議と恐怖は消えた。
眠れなければ歩き出してしまえばいい。よし、初めてのナイトトレッキングを楽しんで朝日を山頂で拝もうじゃないか、という気分になった。
それにしてもまだ時間があるので体を緩めながらゆったりとパッキングを始めた。
ざっくりパッキングをし終えてテントの外に出るとひんやりとした空気が気持ち良い。
真夜中の森もなかなかいいじゃないの。
準備体操をするようにテントを撤収し、全部のものをザックに詰めたらナイトトレッキングに出発した。

ヘッドライトを頼りに歩くが足元しか見えず、まさに一寸先は闇。
ただのまっすぐな尾根の一本道なのにどこを歩いているのか分からないのでiPhoneのライトでも照らしたら少しマシになった。
帰ったら、もっと明るく照らしてくれるヘッドライトに買い換えようと思った。

ライトを照らしたところの木の生え方と地面の状態を見て進む方向を判断した。
ところが分かりづらいところはいくつかあっていつのまにか尾根からズレて山の斜面を歩いていたりするのだ。気づいたらGPSを見て道に戻る。
さらに先へ進むと地形も紛らわしくなってきて尾根の方向も何度か間違えた。
暗いと余計迷いやすいので逐一GPSで確認しながら進んだ。

日中に歩くときの倍ほどの時間をかけて峠を歩いた。
山のかたちが見えないことがこんなに苦労することだとは思わなかった。
空が白み始めて徐々に回りの景色が見えるようになってくるのが嬉しかった。
なにか生き物のようなうめき声が聞こえるが気にならなかった。
もうクマなんてどうでもよくなっていた。

次第に空は明るくなり、美しいブナ林を登っていることに気がついた。
朝靄に包まれ、森全体が瑞々しかった。



山頂の手前で木々の切れ間からちらっと朝日が見えた。
 覗いてみると雲海のような靄が低い山々の上を覆っている。
どうやら山頂で朝日を拝むことは叶わないようだけど、今見えているこの景色で十分だった。



百里ヶ岳の山頂は開けていて苔や小さな植物が生えていて、なんだか可愛らしい場所だった。ここでテントを張ってもよかったのかもしれないとふと思った。



そして登る途中で気づいてしまった失敗。
それは水が足りないということ。
この先4時間ほどの峠道を歩き、三国峠を下るまで水場はないのだ。
4時間も歩くとなると一度食事を取らなければきつくなる。だが炊事をするほどの水が残っていないのだ。
この道のりを残りの水だけでやり過ごすほど今のわたしには体力が残っていないと感じた。
もう一つの選択肢である百里ヶ岳から下山するルートを行くしかなかった。
下山するとすぐに沢にぶつかるのでそこで水を確保してからまた登っていくこともできる。
しかし水が足りないとわかったとき、もう今回はこれで充分だと思った。
美しいブナの森を随分歩いた。朝日も雲海も見れた。
体が、もう充分だと言っている。
本音のところ、今回はもう無理をしたくない。

よし、帰ろう。

次に来るとしたら紅葉の時季に訪れよう。